新陰流剣術道場と、本居宣長の書斎「鈴屋」の再現


 古武術の剣術道場です。板床20畳のシンプルな道場空間を中心に座敷と最低限の水廻りで構成しています。


 設計にあたり、施主様から下記の希望がありました。
1.二階に、三重県松阪市にある本居宣長の四畳半の書斎「鈴屋」(すずのや)を再現したい。
2.二階への階段は骨董の階段箪笥を使いたい。
3.木部は着色して時代を感じさせる風情を出したい。
4.古色の骨董建具をできるだけ使いたい。
5.基礎は石場建て(RC製)としたい。

 

 そのような事情から、設計に入る前に共通の友人(紹介者)と施主様の3人で松阪市の本居宣長記念館に出向き、資料を手に入れ現地をつぶさに見てきました。階段箪笥も、ある骨董屋で最適な掘り出し物を入手することができました。

 これで準備は整ったのですが、結局最後まで「鈴屋」は難しい課題でした。基本的に施主様には一任されてはいたものの 、〈再現〉をどう考え、どう具体化するかが問題でした。すなわち、再現の範囲と程度、時代付けの度合い、材料の選択と入手といったことに、明確な道筋が見えなかったからです。

 

 そこで私としては、可能な限りその精神性を損なわないように努めることを前提とした上で、材料は「黒木」使いを主にすることとしました。「黒木」とはお茶室など数寄屋造り建築の侘びた材木のことを意味し、贅を尽くした白木や銘木ではない、皮付きの一般材や古材という意味です。
 以前、木造の建築家として著名な故吉田桂二先生のお茶室の見積をさせていただいたことがありましたが、材木の指示書には「黒木」とあるだけでした。リベンジというわけではありませんが、今回はこれだ、と思ったのです。

 「白木」は高くても発注すれば買うことができますが、「黒木」は探し出す、あるいは創り出さないと手に入らないのです。
 結局、手持ちの古材や、いくつかの銘木店も回り、なんとか材料を確保しました。また技術的には、実物が全体に細い材料で造られているため、これを関東間の太い構造材のフレームの中にどう整合性を持たせて納めるかについては、大いに工夫を要しました。原寸図を描いて熟考し、実行案を探りました。また、竣工時の色味を、施主様と相談して新築後20年あたりというイメージで造ることになりました。具体的な古色付けは、煤、ベンガラ、柿渋を各材料毎にブレンドを変え、塗布しました。

 いずれにしても、宣長の時代の仕事を追随するわけですから、その過程は時空を超えた交感といってもよいような感動があり、思い出に残る仕事となりました。 

 


竣工写真

 建物全体の外観上の特色としては、瓦屋根が下屋から上屋に向かって螺旋状に連なっていること。また庇屋根が下屋の板金屋根と一体に廻っている点です。

  また、「鈴屋」には土壁を塗りまわした「洞床」があり、四畳半の部屋に二つの床をもつ珍しいつくりとなっています。

 左官は東大和市の勝又久治さん。床の掛け軸は保田與重郎の書です。

 


工程