木と土と家紋/「生きがい」と共に。
二棟目となる「自然石の上に建てる(石場建て)家」・K邸は、ちょうど二ヶ月前に上棟しました。
一見して古材を使っているように見えますが、今回は新材に着色をしました。
先日荒壁付けの工程で、施主のお祖父様が1920年代に建てた土蔵の壁についていた漆喰の家紋二つをはずし、新しい建物に取り付けました。
間近に見ると、それは大正時代の左官職人の手による、まさに彫刻芸術そのもので、見れば見るほど美しく、その存在感に心打たれました。
一年以上前から用意した壁土の水合わせ(粘土とワラを混ぜる)に始まり、竹木舞を搔き、荒壁を塗り、この後乾燥を待って砂を混ぜた中塗り土を塗って仕上げる予定です。
専門の左官職人を頼まず、手伝いの手も借りつつも、全ての左官工程を大工が担っています。
なぜ、伝統構法の大工が、木工事の他に壁土を練り、竹を編み、土を塗るのか。生産性や効率の点からいってマイナスでしかないようなことをするワケは・・・もちろん経済性もありますが、それは、家を造ること自体をプロセスも含め生命活動そのもの、人生の物語として実現させたいという想いがあるからです。
もちろんドライでクールな分業もひとつの方法として大切ですが、可能ならばそこに「結(ゆい)」的なプロセスも実現させたいと願います。
そしてそれはたぶん、施主を筆頭に家造りに関わる人たちが、より幸せになる要素のひとつになるのではないかと。
そして最近、その幸せになる要素のひとつとして「生きがい」が大きく関係していることに気付きました。「生きがい」は以外にも外国語での翻訳が難しく、日本では当たり前のことでも、外国ではそういう概念そのものがなかったり希薄なのだそうです。
脳科学者の茂木健一郎氏が英文で書いた「IKIGAI」についての本が、ヨーロッパでロングセラーをして話題になっているらしいことを知り、日本語訳の本を読んで、腑に落ちました。
「生きがい」が、常識や他人の目に関係なく、率直に自らの心が欲し、生き生きできることだとすれば、少なくとも伝統構法を選択しようとする大工は伝統構法に生きがいを見いだせる人でないと続けることはできないように思います。もちろん国籍人種性別を問わずです。
そうした意味でも伝統構法の家は、木や土との関わりの中に「生きがい」を共有できる関係性が根底にないと実現できないのかもしれません。
伝統構法に「生きがい」を感じる人がますます少なくなってきている今、AIが進化していつか共有してくれるのを待つのも現実的な選択肢のひとつなのかもと妄想したりする今日この頃です。
石場建てですが、水を流す作業場があり、土間コンを打っています
通し貫を入れながらの建て方は、いつもながら大変です
ケヤキの大黒柱が立ちました
隅木を納めます
建て方二日目に無事上棟祭を迎えられました
礎石を設置して土の準備に入る
耕運機を使っての荒壁土の水合わせ
竹木舞を搔く
荒壁土を塗る
大正時代に施主の祖父が建てた土蔵から、漆喰の家紋を回収して、新しい壁に取り付ける




